「仕事やプライベートの時間でいろんな挑戦をしてみようとしている。」
でも周りの目が気になったりどうせ無理と思っている方がいれば参考になればいいなと
思ったので本記事を書いてみました。
僕自身、
・ブログ
・Youtube(ゲーム実況、実写動画)
・楽曲作成
などなど、自分がやりたいと思ったことはできることから、
(少しずつですが)形になるように動いてみています。
そんな僕自身が
職場や友人など関わりのある人とやり取りをしているうえで
特定の方に共通している特徴があったので
自分の気持ちを整理しつつ、記事を書いてみました。
参考になれば幸いです。
茶化してくるのは、いつも「立っていない側」の人


新しいことを始めたり、勇気を出して一歩踏み出したりしたとき、
横から水を差された経験はありませんか。
応援でも建設的な助言でもなく、ただ笑いのネタにするような、
言葉を行ってくる人。
こういう場面で見られるのは、
茶化してくる人には共通点があるということ。
それは、
基本的に茶化してくるのは、いつも「挑戦していない側」にいる人が多い。
ということです。
自分ではリングに上がらないのに、上がった人、上がろうとした人には石を投げる。
家族であっても茶化してくる
茶化してくるのは何も自分と関係がない人や関係が薄い人だけではありません。
自分の家族や親であっても茶化してきます。
自分は以下のような言葉をかけられたことがあります。
- 今までやったことないんだから無理
- あなたの性格はそんなことする性格じゃない
- 自分の弟が○○してるとか言いたくないわ
- 私も自分の子が○○してるとか言いたくないわ
- 体が小さいから無理
- 絶対無理、やめとき
もちろん家族として何かリスクから遠ざけたいという想いがあるのも理解はできますが、
それを伝えずに、根拠のない言葉だけをぶつけてくることがあります。
なぜ、挑戦しない人が挑戦した人を茶化すのか


動いている人を見ると、動いていない自分がざわつくから
人は、自分がやっていないことを誰かがやっているのを見ると、
心のどこかがざわつくんじゃないかなと思います。
「自分もやった方がいいのでは」「自分は動けていない」という、言語化しづらい焦り。
このざわつきを解消する方法は、本来なら「自分も動くこと」。
しかしそれは労力もリスクも伴う。
そこで一部の人は、もっと簡単な方法を選ぶ。
挑戦している人を茶化して価値を下げ、「大したことない」と思い込むことで、
自分が動いていない現状を正当化する。
つまり茶化しは、
相手への評価ではなく、自分の心を守るための防衛反応であることが多いと思う。
挑戦の大変さを知らないから、軽く扱える
実際にリングに上がって何かをやり遂げた人は、
その裏にある準備や勇気の大きさを知っている。
だから、他人の挑戦を簡単には笑えない。
同じ苦労を経験しているからこそ、リスペクトが生まれる。
逆に、一度も挑戦したことがない人は、その大変さを想像できない。
だから軽く扱えてしまう。「そんなの簡単でしょ」「なんでそんなことやってるの」
という言葉は、多くの場合、当事者になったことがないからこそ言えてしまうと思う。
自分がやられたら嫌なことを、自覚なくやっている
茶化してくる人の多くは、
それが相手を傷つけているという自覚が薄い。
ここに一つ、重要な見分け方のヒントがある。
もし立場が逆で、その人自身が同じように茶化されたら、おそらく不快に感じるはず。
自分がやられたら嫌なことを、平気で人にやっている。
この非対称性こそが、その言葉が「フィードバック」ではなく「ただの茶化し」であると思う。
こんな場面で「茶化し」は起きる
僕が家族から言われた言葉を前述しましたが、
茶化しは、特定の職場や状況に限った話ではありません。
挑戦がある場所には、どこにでも現れます。
たとえば、
職場で新しい取り組みを発表したとき、自分は何も提案しない人から「よくやるね」と皮肉を言われる。
勉強や資格取得を始めたとき、行動していない周囲から「意識高いね」と揶揄される。
これらに基本的に共通するのは、
茶化してくる人自身が、その分野でほとんども動いていないという点だ。
実際に同じ挑戦をしている人からは、こういう言葉はまず飛んでこない。
むしろ「自分も頑張ろう」と励まし合える。
距離が近いのは、いつだって挑戦している人同士なのだ。
もし水を差されたときの対処法
「フィードバック」か「茶化し」かを見分ける
すべての批判を無視すればいいわけではありません。
改善につながる建設的な指摘は、たとえ耳が痛くても受け止めた方がいい。
問題は、その二つをどう見分けるかが必要になります。
基準はシンプルで、「その言葉に、あなたを良くしようとする意図があるか」を見ればいい。
具体的な改善点を示し、次に活かせる情報が含まれているなら、それはフィードバックだと思います。
一方、
ただ価値を下げるだけ、笑いのネタにするだけで、次につながる中身がないなら、
それは茶化しである。
そう受け取っていいと思います。
同じ土俵で言い返さない
水を差されると、ついつい言い返したくなる。
同じように茶化し返したくなる。
でも、これは逆効果になる。
同じ土俵に降りて茶化し返すと、
なぜか自分の方が「大人げない」「攻撃的だ」と見られてしまう。
相手は安全圏から石を投げているだけなので、
こちらが感情的に反応した瞬間、構図が逆転し、自分が悪者にされてしまう。
感情的な反撃は、相手の土俵に自分から乗り込む行為。
わざわざ自分の価値を下げないように注意していればいいと思っています。
反応せず、事実だけを記録する
もし相手の言動が度を越していて、
記録に残しておきたいと感じるなら、感情ではなく事実だけを淡々とメモしておくのがおすすめです。
「いつ」「どんな状況で」「どういう言動があったか」を、主観を交えず事実として残す。
これは、後で誰かに相談したり、環境を変える判断をしたりするときに、
冷静で説得力のある材料になるからです。
感情的な愚痴として残すより、事実の記録として残す方が、いざというときに自分を守ってくれます。
また淡々と、次を出す
最終的に、
茶化してくる人への最大の反論は「挑戦を続けること」そのものだ。
相手は一歩も動いていない。
だから、あなたが動き続けているだけで、もう勝負にすらなっていない。
反応してエネルギーを消耗するより、そのエネルギーを次の挑戦に使った方がずっといい。
立ち続けている限り、茶化す側とは違う場所にいる。
僕自身がよく、
「茶化してきたことは忘れてないよ。結果を出すまで続けるからその場で見ておいてね」
そう思っています。
茶化してきた人は、結果を出した時にまるで茶化しがなかったかのように
「応援してたよ、できると思ってた」なんて都合のいい言葉をかけてきます。
そんな時は「本当に都合”だけ”いい人だね」と思っておけばいいです。
石を投げられるのは、前に進んでいる証拠


挑戦しない人が挑戦した人を茶化すのは、
動いていない自分を守るための防衛反応であり、挑戦の大変さを知らないからこその軽さでもある。
だからこそ、水を差されたときにやるべきことは
まず、それがフィードバックか茶化しかを見分ける。
茶化しなら、同じ土俵で言い返さず、必要なら事実だけを記録し、あとは反応せずに次の挑戦を続ける。
覚えておいてほしいのは、石を投げてくるのは、
いつもリングの外にいる人だということ。
そしてその石は、あなたが前に進んでいる証拠でもある。
挑戦していなければ、そもそも誰の目にも留まらない。
茶化されるということは、あなたが一歩を踏み出した人だという何よりの証明だと思います。
反応する必要はない。
事実だけ記録して、また次を出せばいい。
「自分自身が心から幸せになって、そんな人が視界にすら入らない状態になる事一番の仕返しになる」
そう思っていれば大丈夫です。
一緒に頑張りましょう。
僕も挑戦し続けます。
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